“シャンパーニュと日本酒を通じて、次世代のためにできること”をテーマにした対談が実現!
サステナビリティにこだわり、100年以上にわたりシャンパーニュ造りを探求するテルモン。そのCEO ルドヴィック・ドゥ・プレシさんがフランスより来日! そこで、酒ミュージアム(兵庫県西宮市)の理事長・辰馬健仁さんを招いて、“シャンパーニュと日本酒を通じて、次世代のためにできること”をテーマにした対談が実現しました。
酒蔵とお客様が「育て合う」ことで
豊かな生活、豊かな世界をはぐくむ
テルモンは、1912年にブドウ農家兼ワイン生産者のアンリ・ロピタル氏が、フランス・シャンパーニュ地方に創業。ルドヴィックさんは、3年前にCEOに就任し、「ラグジュアリー」「ビジネス」「サステナビリティ」という3つのキーワードの共存を実現しています。また、テルモンは俳優で環境活動家でもあるレオナルド・ディカプリオさんが出資していることでも、注目を集めています。
辰馬本家酒造の会長である辰馬さんは、酒ミュージアム(白鹿記念酒造博物館)の理事長として文化事業に従事する傍ら、兵庫県西宮市にある中高一貫の進学校の甲陽学院中学校・高等学校の理事と、松秀幼稚園の理事長も務めています。
フランスと日本、シャンパーニュと日本酒という違いはあれど、醸造家という共通項があるおふたりは、この場が記念すべき初対面。辰馬さんが名刺を差し出すと、ルドヴィックさんはポケットから名刺サイズの木製カードを出し、「スマートフォンで読み取ってくださいね」。カードに記載されたQRコードを読み取ると、メールアドレスなどルドヴィックさんの情報が表示されました。紙資源を使わないという、テルモンの徹底した姿勢に、早速、辰馬さんは感銘を受けた様子です。
ルドヴィックさん(以下敬称略) まずは、お礼を言わせてください。今日、お話を伺うのを大変楽しみにしていましたから。
辰馬さん(以下敬称略) こちらこそ、よろしくお願いします。
ルドヴィック まずは自己紹介をかねて、テルモンの話をさせてください。
私の冒険が始まったのは3年前です。古いシャンパーニュメゾンを買い取りました。単にシャンパーニュのビジネスを運営するだけではなく、「ラグジュアリー」「ビジネス」「サステナビリティ」、この3つのキーワードが共存できることを世に示したかったのです。
投資を行う際に、 “母なる自然の名のもとに”というテーマを掲げて、プロジェクトを遂行しました。株主は私と、買い取ったシャンパーニュメゾンのご家族、レミーコアントロー社。それになんと、レオナルド・ディカプリオ氏が、新たな株主になってくれました。
辰馬 辰馬本家酒造の歴史は酒樽職人から始まり酒造りを始め、そこから代々継承し、現在の辰馬本家の当主は私の父、15代の辰馬章夫です。辰馬本家酒造は、辰馬グループの中核企業として、「白鹿」というブランドのお酒を醸しています。
約100年前、私の曽祖父の13代辰馬吉左衛門が、創立者から学校を引き継ぎました。この学校は、現在甲陽学院中学・高等学校となり、辰馬家がその運営に携わっています。また、幼稚園と認定こども園の教育事業にも取り組んでいます。シャンパーニュも日本酒も児童、生徒たちは、すぐには飲めないので、長い人材投資です(笑)。
13代目が提唱した企業理念は「育てる」。それを土台として、従来からの酒蔵、学校、幼稚園、認定こども園、酒ミュージアムと、それぞれの事業体を通して世界とつながっていく。酒造メーカーはお客様に育てていただきますし、メーカーもおいしい日本酒を作ることでお客様の生活をはぐくんでいきます。食も生活も日本酒そのものも、お互いに育て合う。そのサイクルがうまく回ってきたので、辰馬本家酒造は360年間も続いてきました。そのサイクルを次の世代に引き継いでいけたら、いい世界といい酒蔵で居続けられるのではないかと考えています。
ルドヴィック おぉ……! 私は今、言葉を失うほどの感銘を受けています。育てるというのは、素晴らしいですね! 未来に向けてのエッセンスですものね。
辰馬 しかし、「育てる」というのは絶対の存在ではなく、父からは「もっと良い理念があるならば変えてもいい」と言われています。「育てる」だと一方通行な感じがするので、双方向に「育て合う」にしよう、と社内外あらゆる人にお伝えしています。
ルドヴィック その通りですね。その違いが重要だ、というのはよくわかります。歴史には多くの学びがありますが、我が家では「未来にも目を向けなさい」と強く言われて育ちました。私たちはテルモンで行う全てのものが、サステナビリティを中心に据えた行動でなければいけないと固く信じています。共感していただけますか?
辰馬 もちろん。私もその通りだと思います。
米ぬか、米油、酒かす。日本酒づくりは、
江戸時代から続くサステナブルな産業
ルドヴィック ビジネスマンとして、酒蔵のみならずグループを継承される方として、辰馬さんは、サステナビリティをどのように実現しているのでしょうか?
辰馬 これは、あくまで個人的に考えていることですが……何かを継続、持続させるためには、長期で働いてもらえるように、またそれを受け継ぐ人が続くように、いろいろな面で努力が必要ですし、それが重要だと理解していないと、表面的なものになってしまいます。私どものグループでは、教育事業を通して幼少期から説いていく、というのがひとつありますね。時間はかかりますが。
ルドヴィック 未来に向けて、教育がいかに重要か。私もその通りだと思います! サステナビリティに限らず、長い時間をかけて教えるだけじゃなく、それが本当に大切なんだと心から理解してもらえるように、伝えなければいけないですね。
辰馬 そうですね。私ども辰馬グループの代表的なビジネスである酒蔵では、製造過程で出る副産物を再利用しています。主原料であるお米を精米し、その際に出るぬかは漬物のぬか床に、磨いた粉の部分は米油や米菓子に。日本酒を搾った後の酒かすは、そのまま食べたり、かす汁や漬け床になり、廃棄するところはありません。すでに江戸時代から、持続可能なしくみができあがっていました。ただこれは辰馬本家酒造だけでなく、日本にある千数百社の酒蔵がやっていることなんです。
ルドヴィック シャンパーニュの業界では、日本酒とは全然違って、今、まさにバイオダイバーシティ(生物多様性)を追求し始めています。これもテルモンだけではなく、シャンパーニュ業界がこぞってやろうとしていることですが、植林をしたり、カバークロップ(土地の浸食を防ぐために下草を植える)という作り方を守るなど、生きた土壌を守り抜くことは全メンバーが行っています。
テルモンではさらに踏み込んで、オーガニック農法を確立したいと考えています。つまり化学肥料、殺虫剤、除草剤を使わない。しかし“言うは易く行うは難し”で、オーガニック農法への転換は、シャンパーニュの全生産地の4%しかありません。天候や病気など、どうしても化学肥料を使わなければならない実情があるからです。苦悩の連続ですが、それでも私たちは実現したい!と、オーガニック農法への転換を進めています。
サステナビリティ実現のために、
透明ボトルとパッケージを撤廃!
辰馬 ルドヴィックさんにぜひお伺いしたいのですが、醸造する過程で二酸化炭素が出るじゃないですか。この二酸化炭素をどうするか?は、今後の醸造業界の課題ではないでしょうか。
ルドヴィック 未来に向けてサステナビリティを実現するためには、口だけでなく実行に移すこと、形に残すこと、それに加えて大胆な約束をしなければなりません。
そのために私たちができることはたくさんありますが、2つの例をお伝えしましょう。ひとつめがボトルです。伝統的なシャンパーニュボトルは緑色をしているのは、ご存知でしょうか。しかしロゼは、色合いを見せたくて透明のガラスを使うんです。ひとつめの大胆な取り組みは、透明ガラスのボトルを一切やめること。透明ガラスはリサイクル素材の使用が0%、緑のガラスは85%です。緑のボトルだとロゼの色は見えません。それでもテルモンでは、ロゼもグリーンボトルに入れています。
辰馬 へぇー。たしかに大胆な発想ですね!
ルドヴィック ふたつめの事例は、そんなことまでやるのか!と聞いていただけたらうれしいです(笑)。日本酒の世界では、包装がどのような意味合いを持つのかわからないのですが、シャンパーニュ業界では、包装もとても大切です。作り手も受け取る側も、これはスペシャルエディションだ、限定版だと、パッケージに関する様々な資材を調達します。私は“なんて馬鹿げた競争をしているのか。そんなことはどうでもいい!”と考え、テルモンではノーパッケージを実現しました。
辰馬 ほぅ! それはすごいですね。
ルドヴィック 当初は「ギフトボックスに入れなければ、絶対に売り上げが落ちる。何を考えているのか!」と批判されました。だけど、そもそもテルモンはシャンパーニュのメーカーであって、包装資材のメーカーじゃない(笑)。私はいつも「やらないほうがどうかしているんじゃないか」と答えます。それで、なんとボトル1本あたり8%のCO2の削減を実現できました。次世代のみなさんは私の提唱に共鳴してくれて、売り上げは伸びています。繰り返しますが、包装をなくすというのは、シャンパーニュ業界では大事件なんです!(笑) 日本酒はどうですか?
辰馬 日本では包装がなくなっても、ルドヴィックさんがおっしゃるほどの悪いインパクトはないと思います。だけど、日本の慣習としてお中元やお歳暮用の商品は、華美なギフトボックスに入っているものがまだたくさんありますね。弊社のギフト商品もギフトボックスに入っています(笑)。
ルドヴィック 日本でも、贈り物の包装は大事だと聞いていました(笑)。我が社よりも遥かに大きな規模でビジネスをなさっているから、お中元やお歳暮などの需要にもしっかり応えなければならないのでしょうね。
辰馬 おっしゃる通り、過剰な包装だと感じるところはあります。ゼロにはできないかもしれないけど、徐々に抑えていくのは必要ですね。
ルドヴィック CO2を削減するための事例をふたつご紹介しましたけど、全部で20くらいあるんです。
辰馬 おぉ、そんなに!
ルドヴィック いろんな摩擦が起きたり、反対もありましたが、売り上げは伸びています(笑)。
辰馬 それはすごい! 素晴らしいですね。
ルドヴィック 私たちは小さな会社なので、いろいろと実験ができるのかもしれません。しかし日本のマーケットは、テルモンにとっても魅力的です。日本人の感性や美意識、細部へのこだわりなど、日本には素晴らしいものがあると知っています。箱をなくしてどうしていくのか。結論はお客様が決めることなので、様子を見ながらこれからも考えていきたいです。
「泥んこ」と「デコボコ」で
育った子どもが未来を担う人材に
辰馬 兄が運営する認定こども園では食用のブドウを、私が運営する幼稚園ではお米を栽培しています。土に触れて、汚れて、洗うを繰り返す。幼少期に自然と触れ合える環境は、大事だと思います。食物や植物がしっかり育つ、いい土の上で遊んだり生活をしないと、ものを大切にする人にはならないのではないかと考えるからです。“泥んこになる”と“デコボコした地面の上で遊ぶ”。幼児教育ではこの2点が大事だと、私は考えます。
ルドヴィック 手や足で触ったり、においを嗅いだりするんですね! ブドウ畑の土壌も生きているので、香りを嗅いだだけでいいものか悪いものかがわかります。将来、農業やものづくりを選んでくれる子どもたちを育てたいですよね。
教育がいかに重要か。私の心に刺さりました。この場で約束させてください。パリに戻ったら、テルモンをあげて教育に力を注ぎたいと思います。次回お会いしたときに「その後どう?」と聞いてください。学校見学にも来てくださいね?(笑)
辰馬 学校をしはるんやったら、行きますよ(笑)。その前に、私どもの学校と幼稚園を見に来てください!
ルドヴィック インスピレーションをいただきに行きます(笑)。
コロナ禍で、家族や友人同士など、大勢が一堂に会して乾杯するシーンは、かなり減ってしまいました。最後におふたりに、日本の方にどういう場面でテルモンのシャンパーニュを、また日本酒を味わってもらいたいかを伺いました。
ルドヴィック 私は、みなさんにこうしてくださいという希望は一切ありません。ただ「シャンパーニュは特別なものだから、大事な日までとっておく」というのは、やめていただきたい(笑)。ランチでもディナーでも、パブやナイトクラブでも、それぞれ味わいが異なりますから。人生は短い。毎日が祝福に値しますから、毎日シャンパ-ニュで人生を祝ってください。というわけで……開けますね!(と試飲用にスタッフが用意していたテルモンのシャンパーニュを開封)
辰馬 (ふたりで乾杯して)大事にとっておくのは、ダメなんですね(笑)。
ルドヴィック そうです!(笑) 朝起きたら“今日もいい日だなぁ”って幸せじゃないですか。
辰馬 そう思って生きたいなぁ(笑)。
ルドヴィック お味はいかがですか?
辰馬 香りがすごくいいですね、フレッシュで! コロナ禍で飲食店での日本酒の需要は少し減ってしまいましたが、私も、日本酒は家飲みでも飲食店でも、みなさんの好きなように楽しんで味わっていただきたいですね。
テルモンは自社のスタンスをしっかり発信しているから、箱がなくても納得して購入するお客様がいる。我々も「白鹿とは」「うちの酒蔵とは」を、もっとダイレクトにお客様伝える努力をしないと、選ばれる日本酒になれないのではないかと感じました。マーケティングやブランディングは大事にしてきましたが、ルドヴィックさんのお話を伺って、理解者、共感者を増やすことが大事だと実感しました。ありがとうございます。
ルドヴィック 今日は、私もアイディアをいただきました。ありがとうございます!
「1週間だけ立場を入れ替わって生活するという、フランスで人気のリアリティショーがあるんです。私たちも1週間入れ替わってみますか!?」といたずらっぽい笑みを浮かべたルドヴィックさんの提案に、辰馬さんは驚きつつも「面白いですね!」と乗り気の様子。話は尽きず、予定時間をオーバーするほど、和やかな対談となりました。
サステナビリティのために私たちが実践できることは、日常生活にも数多くあります。飲食店や食卓で何げなく口にするシャンパーニュや日本酒ですが、選ぶ際にその背景や企業理念に思いを馳せてみては、いかがでしょうか?
撮影/八木竜馬 取材・文/都丸優子
PROFILE
シャンパーニュ・メゾン「テルモン」
CEO ルドヴィック・ドゥ・プレシ
パリ生まれ。ドフィーヌ大学でマーケティングを学び、シガーのマーケティングマネージャー、高級シャンパーニュのブランドマネージャー、コニャック「ルイ13世」のグローバル・ディレクターを経て、現職。日本の魅力を知ったのは、幼なじみで通訳者・ジャーナリストのフローラン・ダバディ氏の影響だそう。「日本の伝統と、お互いをリスペクトする敬意が素晴らしい。ものすごく高速で進んでいる部分と、ゆったりした部分が共存するライフスタイルがユニーク!」
「酒ミュージアム」理事長
辰馬 健仁
兵庫県生まれ。三和銀行(現・三菱UFJ銀行)を経て、辰馬本家酒造株式会社に入社。2006年に代表取締役社長、2020年に取締役会長に就任。辰馬グループの松秀幼稚園理事長、甲陽学院中学校・高等学校の理事も務める。日本酒を世界に広めることが、文字通りライスワークでありライフワークとして、文化事業、教育事業にも幅広く尽力。日本酒をより深く味わうためにと、酒器のコレクションは磁器やガラスなど100以上。最近のお気に入りは、錫製のお猪口。